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千葉地方裁判所八日市場支部 昭和30年(ワ)42号 判決

原告 五木田芳蔵 外一名

被告 小川寛

主文

被告は、原告五木田芳蔵に対し金十三萬五千八百八十円、原告五木田豊子に対し金八萬円及びこれに対する昭和三十年六月三日から各完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求を、棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告等の負担とし、その余を、被告の負担とする。

この判決は、原告等勝訴部分に限り、原告五木田芳蔵において金三萬円、原告五木田豊子において金二萬円の担保を供するときは、仮りに、執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

第一、主たる請求について、

原告等は、被告は飼料等の販売等を業とする者であつて、小川正を雇い入れその所有にかかる自動三輪車の運転業務に従事させているものであるから右小川が被告の業務執行中に惹起した本件事故に伴う損害についてはこれを賠償する義務がある、と主張するので、先ず、右小川が被告の使用人であるかどうかについて判断するに、甲第二号証、第四号証、第九、第十号証の各記載中、右主張に添う部分は後記各証拠に照らして、俄かに措信し難く、他に、原告等の右主張事実を肯認するに足る証拠はない。却つて成立に争いのない乙第一、二号証、第四号証及び証人緑川愛徳、小川正(第一回)の各証言、並びに被告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、被告は千葉県山武郡成東町津辺三百七十六番地に本店を有する株式会社小川寛商店の代表取締役であること、小川正は右同社に雇われて自動三輪車の運転業務に従事していることが、認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

してみると、被告が小川正の使用者であることを前提とする原告等の主たる請求は、その余の点について判断するまでもなく理由のないこと明らかであるから、失当として、排斥を免れない。

第二、予備的請求について、

進んで、原告等の予備的請求について判断する。

一、被告は、原告等は従来の使用者の責任による損害賠償の請求に追加して、予備的に監督者の責任による損害賠償の請求をするがこれは請求の基礎に変更があるから許さるべきでない、と主張するので考えるに、原告等の被告に対する、使用者の責任を理由とする損害賠償の請求も、監督者の責任を理由とする損害賠償の請求も、結局は、原告等が小川正の惹起した本件事故によつて蒙つた損害の賠償を求めるものであるから、本件請求の予備的変更は、請求の基礎に変更がないものと認めるを相当とし、しかも、本件記録によると、右訴の変更により著しく訴訟手続を遅滞させるものとは認められないから、原告等のなした本件訴の変更は、適法であり、許さるべきものである。

二、そこで本案について考えてみると、小川正が原告等主張の日時、その主張の自動三輪車に澱粉粕約一屯を積載して小見川町方面から旭駅方面に向つて県道上を疾走中原告等主張の場所において、原告等の長女純子(昭和二十五年八月七日生)に衝突し、これがため右純子は路上に転倒し、かつ、右三輪車によつて頭部等を轢かれたため、その後間もなく死亡した事実は、当事者間に争いがない。

三、よつて右事故の発生につき小川正に過失の責があつたかどうかについて判断するに、成立に争いのない甲第一号証、第四ないし第十号証、証人小川正の証言(第二回)を綜合すると、

(一)  昭和三十二年四月二十二日、すなわち、本件事故発生当日には、自動三輪車の運行前始業点検がなされなかつたこと、

(二)  本件事故発生現場は、国鉄総武線旭駅より小見川町方面に通ずる幅員約五、四米の県道上(同駅の北方約五百米の地点)であつて、右県道は右地点において略南北に通じ、かつ、同地点において略東西に通ずる幅員約三米の部落道と交叉し、右県道の南方は約三百米にわたつて直線をなし視野極めて良好であるが、北方は約三十米で北西に約二十度の角度でカーブをなして見通しは不良であり、また、人及び諸車の通行が頻繁であつて、しかも、右県道の両側には商店及び住宅が軒を並べて立ち並び、右交叉点の西側に飯島ふくの店舖が飯島通世の家屋と前記部落道を距てて存すること

(三)  小川正は、前記自動三輪車に澱粉粕約一屯を積載し、かつ、助手、人夫等定員二名を超えた四名を乗車させて、右県道の前記カーブを警音器を鳴らさず、道路の稍々右側を時速約二十五粁の速度で疾走して旭市二の九百九十四番地の本件事故現場に差し掛つたのであるが、前方約一米の近距離に至つて、漸く、飯島ふく方を出て県道を約一、二米横断した被害者純子を発見したこと、

(四)  小川正は、急遽ブレーキを踏んで停車の措置を採つたが一度で停車しなかつたので、そのまま、右純子に自動三輪車の前部雨除附近を衝突させて転倒させ、それより約五米引き摺つて右三輪車の車輪で頭部を轢いたこと、

(五)  右急停止をし得なかつたのは、該三輪車の「オイルブレーキ」に空気が混入していたことによるものであるが、小川正は、運転中もこれを発見することができなかつたこと及び前記のような状態にある自動三輪車を停車させるためには数回ブレーキを踏まなければならない状態にあつたこと、

を認めることができる。右認定に反する証人小川正の証言(第一、二回)及び被告本人の供述(第一、二回)は前顕各証拠に照らして、たやすく措信できず、他に、右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、自動車等の動力車を運転する者は、それが高速かつ相当の重量を有するものであるため、その運行前始業点検をして制動装置等の異常の有無を調べ、若し、異常を発見した場合には、直ちにこれを調整すべきことはもち論、また、これを運転するに当つては、制動装置の故障、運転の誤りが他人の生命、身体、財産等に甚大なる損害を及ぼす虞れのあることに鑑み、制動装置の異常の有無に注意を払い、かつ絶えず、通行区分を守つて前方を注視するほか、曲角及び交叉点においては警音器を吹鳴して自車の進行途上にある人馬、車輛の発見、警告に努め、もつて、右人馬等の運動に即応して自車の運転方向、速度を加減し、これに衝突する虞れのある場合には有効なる急停車をなし得るよう万全の準備を整えて、衝突等の事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。しかるに前記認定事実によると、自動三輪車の「オイルブレーキ」に空気が侵入していた事実は、小川正において右三輪車の運行前始業点検をしなかつたこと及び運転中制動装置の異常の有無に注意を払わなかつたため発見することができなかつたものといわざる得ないし、また、本件事故現場の北方約三十米の県道は約二十度の角度でカーブした曲角があつて、右事故現場には交叉点があり(甲第九、第十号証には小川正が右県道を通行したのは初めてであつたため、右交叉点の在を知らなかつたとの記載があるが、初めて通行する県道ならば、尚更、後記の注意義務を尽すべきことは当然である。)、前方及び部落道に対する見通しは不良であつて、しかも、右県道の通行量は多く、その両側には商店、住宅等が軒を並べて建つているのであるから、かかる場合前記自動三輪車の運転者たる小川正は当然、通行区分に遵つて道路の左側を進行し、右曲角においては警音器を吹鳴し、かつ、絶えず自車の前方を注視して、自車の進行途上に現われる人馬等の発見に努めるべきであるにかかわらず、右小川は、これらの義務を怠つて漫然として時速約二十五粁の速度で県道の稍々右側を進行したため、飯島ふく方から右県道を横断する純子の姿を漸く自車の約一米手前で発見して急遽急停車の措置を講じたが、前記「オイルブレーキ」の故障のため効果なく、そのまま、右純子に衝突してこれを転倒させ、それより約五米引き摺つて同車の車輪により、同人の頭部を轢いたのであるから、本件事故は、小川正の過失によつて惹起されたものといわなければならない。

四、次に、小川正が飼料等の販売を業とする株式会社小川寛商店の被用者であつて、同社所有の前記自動三輪車の運転業務に従事している者であること、及び被告が右同社の代表取締役の地位にあることは、いずれも、前叙認定のとおりであつて、本件事故が同社の澱粉粕搬送中に惹起されたものであることは当事者間に争いのないところである。しからば、小川正の惹起した本件事故は、右同社の業務執行につき第三者に加えた不法行為といわなければならないし、また、被告は右同社に代つて事業の監督をする者というべきであるから、被告は、小川正の惹起した本件事故に伴う損害を賠償する義務ありというべきである。

五、進んで、損害額について判断する。

(1)  原告本人五木田芳蔵の供述によつて成立を認める甲第十二号及び右供述を綜合すると、原告芳蔵は純子の治療費として金三五〇円、死亡診断書作成費として百三十円、葬式費用として金三萬五千四百円を支出していることを認めることができるから、原告芳蔵は被告に対し右費用の賠償を求め得るものといわなければならない。

(2)  次に、原告等各本人尋問の結果を綜合すると、原告芳蔵は、神田電機学校を卒業し、現在警察犬の訓練士をし、財産としては木造平家建トタン葺居宅一棟建坪二十二坪五合を所有し、一ヵ月の収入は約一萬五千円程であり、同人の妻である原告豊子との間に三人の子供があり平和な家庭生活を営んでいたことが認められ、原告等が純子の死亡によつて相当な精神上の苦痛を蒙つたことを推測するに難くないところである。そこで、右認定事実に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告等の右精神的苦痛に対する慰藉料としては、各金十二萬円宛をもつて相当と認める。

六、最後に被告の過失相殺の抗弁について考えるに、本件事故現場附近の状態は前に認定したとおりであつて、成立に争いのない甲第六号証及び原告各本人尋問の結果を綜合すると、原告豊子は、純子をして漫然と福祉事務所の事務員宮野某をその訪ね先まで案内させ、それから純子が単独で帰宅すべく本件事故現場の県道を横断する際、本件事故に遭遇した事実を認めることができる。ところで、親権者たる者は、交通機関による危険性の認識と危険の避譲につき十分な能力を有しない幼児が右の如く諸車等の交通量の多い危険な場所に赴かないよう相当な注意を払い、若しこのような場所を通行するときは親権者自身、または適当な介添人を付けて監視する等事故の発生を未然に防止する注意義務があるものというべきである。しかるに、前記認定事実によると、原告等殊に原告豊子は、右義務を怠つて満四才の右純子をして宮野某の案内をさせ、その帰途の点まで配慮しなかつたのであるから、この点につき過失の責を免れないのである。よつて、原告等の右過失を相殺して、原告等の損害額は、原告芳蔵において金十三萬五千八百八十円、原告豊子において金八萬円をもつて相当と認める。

七、それならば、原告等の被告に対する本訴請求は、右各金額及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十年六月三日から各完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払いを求める限度においては正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官 長久保武)

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